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秋田へGOING!!

好きと嫌いは背中合わせ。秋田在住××年、秋田嫌いの管理人が秋田にこうあってほしいという願いを綴ります

♪28 社会ビジョン

たまにクソマジメなことでも書いてみようと思う。

 

テーマは、いじめについて思うこと

 

一応、秋田をテーマとしたブログではあるけれど、今回は一切関係なし。でも、秋田も日本の1つの県ということで関係なくもないか。

 

はじめに申しておきますが、あくまでも一個人が思うことですので、こういう見方もあるのかというぐらいでご覧いただければと思います。

 

 

★いじめという言葉を使いすぎているのではないか?

ニュースを見るとどこかの学校でいじめがあったとかよく報道されますよね。疑問に思ったこと。いじめという言葉を聞くと皆さんはどういうことをイメージされますか?大抵の方は、学校で起こった集団の場の中での人間トラブルみたいなことを想像しませんか?それも間違いではないと思いますが、管理人的には学校で起こった人間トラブルの全てがいじめという名でひとまとめにされている気がしてならないのです。誰かに殴られてケガしてもいじめ、誰かにお金を脅し取られてもいじめ。これを大人の社会で例えたらどうでしょう?誰かに殴られてけがしたらいじめっていいますか?暴行されたと言いませんか?誰かにお金を脅し取られてもいじめっていいますか?恐喝されたといいませんか?それが学校の生徒間同士で行われたものだといじめの中の1つとして扱われていませんか?それはおかしいでしょう?ニュースでいじめがあったという表現をするから軽いものと認識されてしまうんではないでしょうか?いじめがあったという表現を暴行があった、恐喝があったなどと言い換えてみたらどうでしょう?世間ももっと大きな問題として認識するのではないでしょうか?そういう表現をすれば子供にも罪悪感というものが生じるのではないでしょうか?

 

★いじめはいじめた側が100%悪い!!

中にはいじめについてこういうことを言う人いませんか?いじめはいじめた側も悪いけど、いじめられた側も悪いということ。この意見には全面的に反発します。こういうことを言ってしまえば、いじめという行為が正当化されてしまうでしょう?要はいじめた側のいいわけを成立させてしまっているということ。それでもいじめられた側も悪いというならこの行為を一般社会にあてはめて見てください。例えば、あなたが道を歩いていて突然知らない誰かに殴られたとします。そして、殴った人があなたに向かってこう言われました。殴られたお前が悪い!!。これを言われてあなたは納得しますか?納得しませんよね。でも、残念ながらいじめられた側も悪いとおっしゃる方はこれに納得されないことには矛盾してしまうんです。

 

 ★インターネットの使用そのものに年齢制限を設けてみては?

最近のいじめは昔以上に陰湿になった。技術の進歩がいじめの手段向上にそのまま繋がっているようにも感じます。その一番の代表格がインターネットにスマホおよび携帯電話。管理人が高校生のときはPHSを半分にいくかいかない人が持っている程度で当然今ほどインターネットも身近ではありませんでした。管理人がその手の類を初めて手にしたのは20歳ぐらいから。でも、今だと小学生はよくわからないけど中学生ぐらいは当たり前に持っているんでしょう?そして、誰かが学校専用の掲示板を作ってそこに誰かの悪口をこぞって書く。誰かの独り言ぐらいならともかく、複数の人が書くなんて気持ち悪いわあ。こういうことに時間を割く暇あるならもっと有意義なことに時間を使えよみたいな。まして、誰かに文句があるなら堂々と言ったら?それがまたいじめに繋がるのもよくないが、インターネットでこそこそ悪口言って精神的に追い詰めるようないじめよりは遥かにマシだと思う。とはいえ、学生ってのはガキだからね。それが理解できないのは、仕方ないことかもしれない。だったら、エロ本や煙草みたいにインターネットそのものの使用に年齢制限をかけたらどうだろう?有害サイトへのアクセス禁止だけでは甘い。確かにインターネットは調べごとには役立つし、今の技術的なことを考えると小さいうちからそれらに慣れさせておくのも必要だろう。ただ、インターネットの知識を得てそれをいじめに使われて誰かを傷つけてまで得ることなんてあるのだろうかそうしないと日本の技術革新がないというのなら技術革新なんて捨ててもいいと思う。そもそもインターネットって誰かに匿名で悪口を言うために作られたの?作った人は知らないが、決してそうではないはず。それを理解せずガキ共がそのインターネットをハチャメチャなものにするのなら年齢制限を設けてもおかしくはないと管理人は考える

 

★いじめを止めずに見ていたものも同罪なのか?

時々、こういうことを言う人がいますね。いじめを止めずに見ていたものも悪い。確かに素晴らしい考えだとは思う、考えはね。ただ、それを言って実行できる人って本当に勇者みたいな人であって、大半の人はまずできないと思う。人間、自分がみんな可愛いんですよ、残念ながら。いじめを受けている人を助けてしまって今度は自分がそのターゲットにされてしまったら嫌ですもんね。管理人だってそうです。皆さんもそうじゃないですか?そんなことはないと主張される方がいるなら、これも大人社会にあてはめて見てください。例えば、上司。社長ぐらいの圧倒的権力者がいいですね。その社長がとある社員をどう見てもこれはやりすぎだと誰の目から見てもわかるぐらいいじめをしていたら、あなたはそれを止められますか?それができると豪語できる人は素晴らしいと思います。だったら何も言いません。でも、大半の人ならそれを止めてしまって自分の評価を下げられて最悪クビにされるのを恐れませんか?それと同じことが学校でのイジメにも言えると思うのです。なので、いじめを止めずに見ていた人も同罪というのには少々理想論すぎる。

 

だったら、どうしろ?と言う人もいるかもしれない。それは管理人も答えは分からない。ただ、一番に解決すべき人は明確。それは教師などの学校関係者において他ならない。先ほども申したとおり、生徒たちで解決は無理がある。かといって親が介入すると更にいじめがエスカレートする可能性が高い。そうなると消去法で一番は学校関係者になる。とはいえ、先生たちも仕事が激務であることも知ってはいる。現にそこまで余裕が回らないのならやはり国や教育委員会など学校のシステムを全面的に見直すしかないのではないかと管理人は考える。

 

 

と管理人の考えを述べてきましたが、どうでしょうか?で、管理人がいじめに対して一番大事にすべきことは、学校という環境だけで物事を捉えないこと。いじめの行為を大人の社会で例えたとき、それがどう映るか?じゃないかと考えるんです。

 

 

最後までご覧いただきありがとうございました。感想等あればよろしくお願いいたします。管理人の更新意欲向上にもつながります。ただし、管理人の心臓はシャボン玉でできておりますので取り扱いにはご注意ください(笑)

 

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続きよりコメレスです。ばなながっこの好きなものミニコレクションは今回はお休み。

 コメントありがとうございます♪コメレスです♪

 

しむーさん

そうなんですか。個人的には住むのはありかなと思っているんです。さすがに土日祝日の東京駅は苦手ですが、人が多いということはそれだけ特別何かなくても賑やかさを感じられる。逆に秋田は人が少なくて寂しさを感じてしまって。せめて、東京の商店街の活気が秋田にあれば最高と思うんですが。大手のスーパーマーケットに入らずとも近所の商店街の個人経営のお店で食材を調達できる生活に憧れます。ただ、個人経営の店を経営でもできない限りは東京で働きたいとは思わなかったですね。